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山頭火とコーヒー (1)

JUGEMテーマ:コーヒー
山頭火とコーヒー (1)

coffeecup

 修行僧のようないで立ちで諸国を行脚し、数え切れないほどの俳句を残した山頭火が、コーヒーを飲んでいたことを知って、意外な気がしました。それもブラジルコーヒーを飲んだと具体的な銘柄も残しているからこれも意外な気がしました。山頭火はそもそもどのような人物で、なぜ諸国行脚をしたのでしょう。

 山頭火は、種田山頭火(1882・明治15年 - 1940・昭和15年)、本名は種田正一(せいいち)。山口県佐波村(現 防府市)に生を受けました。同時期の文人に、若山牧水(1885年生)、高村光太郎(1883年)、斎藤茂吉(1882年)、萩原朔太郎(1886年)、北原白秋(1885年)など多数います。

 ここに出てきた文士のほとんどコーヒーを飲んでいたことが知られていますし、時代的にもカフェ文化創生期にあたりますから、山頭火が時代的にコーヒーを飲んでいたことは不思議ではありません。しかし、昭和の芭蕉と称されるように、山頭火が諸国行脚をしていたことと結びつきにくい気がします。

 まずは、山頭火はどのような俳句観をもっていたのでしょうか。年代別に記してみましょう。
「… 俳句の理想は俳句の滅亡である。物の目的は物そのものの絶滅にあるということを、この場合において、殊に切実に感ずる」(29歳)

「一転しつつある私は懐疑的に生きて居ります。私は俳句其物に就いて諸君の御高見を承りたいと切望しています。句の功拙とかいうこと以外にまた句材とか句法とかいうものについてご経験を示して戴きたいと思います。そして時々 ’何故我々は句作するか’ という疑問を提出して考えたり論じたりするのは一面非常に無知な、そして一面非常に意味のあることだと信じて居ります」(31歳)ー作句に悩んでいた時期

「私は最早印象だけではー単に印象を印象として表白することだけでは満足するができないようになりました。印象に即して印象の奥を探り、そこに秘められた或る物を暗示しなければならないと信じています。そしてそこから印象詩として俳句が生まれると信じています」(33歳)

「俳句というものはーそれがほんとうの俳句であるかぎりー魂の詩だ、こころのあれはれを外にして俳句の本質はない、月が照り花が咲く、虫が鳴き水が流れる、そして見るところ花にあらざるはなく、思うところ月にあらざるはなし、この境涯が俳句の母体だ。」(50歳)

「俳句ほど作者を離れない文芸はあるまい。一句一句に作者の顔が刻み込まれてある、その顔が解らなければ、その句はほんとう解らないのである」
(55歳)

「私の境涯は、山頭火即俳句だ。俳句即山頭火とはうぬぼれていないが(それほど省察を忘れてはいない)」(55歳)

(続く)

 
  • 2015.10.25 Sunday
  • 18:51