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山頭火とコーヒー (3)

JUGEMテーマ:コーヒー
山頭火とコーヒー (3)
 
coffeecup

 コーヒーの記述が出てくるのは1930年10月、山頭火48歳、岩川を経て末吉に至ったとき、行乞記(ぎょうこつき)に記しています。後に行乞の旅から熊本に帰り、市内に二階一部屋を借りて「三八九居」と名付けて自炊をしています。

 『十月十二日 晴、岩川及末吉町行乞、都城、江夏屋
九時の汽車に乗る、途中下車して、岩川で二時間、末吉で一時間行乞、今日はまた食ひ込みである。
 ……
「旅の夫婦が仲よく今日の話」
行乞即事
「秋の空高く巡査に叱られた」「その一銭はその児に与へる」
 今夜は飲み過ぎ歩き過ぎた、誰だか洋服を着た若い人が宿まで送つてくれた、彼に幸福あれ。
藷焼酎の臭気はなか々とれないが、その臭気をとると、同時に辛味もなくなるさうな、臭ければこそ酔ふのだらうよ。
「世を捨てゝ山に入るとも味噌醤油酒の通ひ路なくてかなはじ」、といふ狂歌(?)を読んだ、「山に入つても、雲のかなたにも浮世がある」といふ意味の短歌を読んだこともある、こゝも山里塵多しと語マヽ句も覚えてゐる、「田の草をとればそのまゝ肥料コヤシかな」――煩悩即菩提、生死去来真実人、さてもおもろい人生人生。
夕方また気分が憂欝になり、感傷的にさへなつた、そこで飛び出して飲み歩いたのだが、コーヒー一杯、ビール一本、鮨一皿、蕎麦一椀、朝日一袋、一切合財で一円四十銭、これで懐はまた秋風落寞、さつぱりしすぎたかな(追記)』

 寂しさを酒で紛らわせ、酒気の抜けぬもうろうとした状態から句が湧き出るように思えます。独り身の気楽さの蔭にある寂しさが以下の句から見えてきます。
「年とれば故郷こひしいつく々ぼうし」
「何とたくさん墓がある墓がある」
「秋寒く酔へない酒を飲んでゐる」
「一きれの雲もない空のさびしさまさる」
「家を持たない秋がふかうなつた」

 其中記 1934(昭和9)52歳 五月廿六日には、コーヒーを飲んだものの、少ない持ち金のなくなるのを惜しんでいます。
『日本晴、頬白が囀り合うてゐる、私もうれしい、多分彼氏の来る日だ。
何とあたゝかい手紙が――澄太君をして迎田さんから――
ふと思ひ立つて山口へ行く、途上、冬村君に逢ふ、ニコ々してゐる、その筈だ、今夜が婚礼だといふ …
買物いろ々――夕顔の苗、蕨、生干の小鰯、小さい食卓、等々――それだけで壱円あまり。
昼食は酒一杯とうどん一杯、むろん千人風呂には入つた、これが目的の大半だから、――温泉はほんたうによい。
九時で行つて三時には戻つた、戻つてみたら、やつぱり敬治君が来てゐた、いつしよに農学校へ、樹明君は婚礼の接待役を頼まれてゐて駄目、二人で駅のI旅館で夕飯、よく食べてよく飲んだ、うまかつた、近来の御馳走だつた、それからMでコーヒー一杯、そこで別れる、敬君は実家へ、私は庵へ戻つてぐつすりと寝た(コーヒー代五十銭はやつぱり惜しかつた、それは買はなければならない米二升代だつたではないか!)』

 コーヒー一杯が米二升代に相当するとあり、コーヒーが高価な飲み物であったことが分かります。
1升は1.5キロ、2升で3キロ。現在の米価は様々ですが平均的な米価では、1キロでおよそ400円とすると、2升で1200円相当ですから、当時のコーヒーがかなり高価だったことが分かります。それでも、飲みたかったコーヒーの味はどんなものだったでしょうか。

(続く)


 
  • 2015.11.08 Sunday
  • 11:08